保守主義の哲学---保守主義(哲学)の神髄---7/11参議院選挙投票日までに必読の政治哲学(5) [政治]
―――――――エドマンド・バーク保守主義―――――――
―――――保守主義(哲学)の神髄―――――
E・バーク、A・ハミルトン/J・ジェイ/J・マディソン、
A・トクヴィル、オルテガ・イ・ガセット、F・A・ハイエク、
D・ヒューム、ギュスターヴ・ル・ボン ・・・
世界の偉大な保守主義(哲学)者からの現代日本国への警鐘
――7/11参議院選挙投票日までに必読の政治哲学(5)――
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―――F.A.ハイエク『法と立法と自由Ⅲ 自由人の政治的秩序』、春秋社、24~25頁(ここから)―――
民主主義理論が仮定するものとは逆説的なケースが生じるように思われる。
すなわち、(その逆説・論理転倒とは、)多数派が正しいと一般に信じているものによって(導かれるの)ではなく、自らその結束力を維持するために必要であると判断するものによって導かれるということは(→導かれるということが)正しいもの(→正しいことである)とみなされる(=誤解される)、ということである。
多数派の同意はある措置の正義の証拠である(=多数派が同意してとった措置、例えば政府による、ある特定政策の施行や立法議会の与党による、ある特定の立法等は、多数派の同意であるがゆえに、必ずいつも正義である)と依然(として誤解されて)信じられている。
・・・物事は、受益者(=ある利益集団に属する人びと)以外の人がその(=受益者以外の人も、その物事から同様に得る)メリット(=利益)にもとづいて正しいと判断するため(=という理由から)ではなく
(→私〔=ブログ作成者〕の解説:ある物事〔=例えば、ある政策や立法〕が「受益者」と「受益者以外の者」という区別なく、多数者に対して「公平の法〔ルール〕)」を遵守して、利益を与える場合のみ、真に「正しい・正義である」と判断できるという理由からではなく)
(その物事が)単に定期的になされる(=慣例になってしまう)という理由で、「社会的に正しい」と判断(=誤解)されるようになる。
だが、分派グループを絶えずくどく必要は結局まったく思いがけない道徳基準(=疑似道徳基準、正確には悪徳基準)を生みだす。
・・・こうして、無制限の(=それを制限するルールの無い)民主主義政府という現在の機構は一組の新しい「民主主義的な」疑似道徳(=悪徳)を生みだす。
この疑似道徳(=悪徳)は、民主主義にとって定期的になされるもの、あるいは(各種の利益集団が)この機構(=デモクラシーという政治制度)の巧みな利用によって民主主義政府から(選挙のける集票力を武器に)ゆすり取ることができるものを社会的正義に適うもの(である)と人びとに信じ込ませる、機構の産物である。
ますます多くの所得が政府行動によって決定されている(=多くの利益集団に国庫〔公金〕からの負担金・補助金・交付金・補償金・独占権などの特権等を与えられている)、という意識の広まりは、自分たちの境遇が依然として市場力によって決定されているような集団(=国庫〔公金〕に頼らず、市場での自由競争によって所得を得ている集団=純粋私的企業など)による新しい要求、すなわち、自分たち(=純粋私的企業など)が受けるに値すると信じているもの(=国庫〔公金〕からの負担金・補助金・交付金・補償金・独占権などの特権等の附与)を同じように(国庫〔公金〕から)保証してもらいたいという要求をつねに引き起こすだろう。
ある集団の所得が政府行動(=国庫〔公金〕からの負担金・補助金・交付金・補償金・独占権などの特権等の附与)などによって引き上げられるたびに、同じような扱いに対する正当な要求(=自分たちの所得も政府行動によって引き上げてもらいたいという要求)が他の集団に与えられる。
立法府がある集団にすでに与えた恩恵によって創出してきたのは、すなわち、同じように扱われるだろうという〔「社会的正義」に対する要求の大部分の基礎にある〕期待にすぎない。
―――F.A.ハイエク『法と立法と自由Ⅲ 自由人の政治的秩序』、春秋社、24~25頁(ここまで)―――
(→私〔=ブログ作成者〕の解説:上記のハイエクの引用部の趣旨を私流に、ごく簡潔にまとめれば、「無制限の」デモクラシーの下で、民主的政府や立法府が各種の利益集団に与える、国庫〔公金〕からの負担金・補助金・交付金・補償金・独占権などの特権等の根拠とされている「社会的正義なるもの」の本質は、“公平の法〔ルール〕の遵守=法の支配によって、多数者に与えられる公共の利益”=“公共の善”という意味の“真の正義”とは正反対のものであり、それは、不公平という「疑似正義〔=不正義〕」に対する黙諾という「悪徳」であり、「疑似正義〔=不正義〕」から得られる悪徳利益の順番待ちの期待感にすぎない、という意味である。
さて、読者の皆さん、この辺までは、私の解説で、ハイエクら保守主義者の哲学を理解いただけているであろうか?
ノーベル経済学賞受賞の保守主義者ハイエクにしろ、「保守主義の父」エドマンド・バークにしろ、「米国保守主義の父」アレクサンダー・ハミルトンにせよ、フランス保守主義の父とも言えるトクヴィルにせよ、スペインのオルテガにせよ、世界超一級の保守主義(哲学)者たちであるから、哲学に不慣れであろう、読者の皆さんが理解に苦しむならば、ひとえに、私の哲学的な説明能力の限界点だと思って、お許しいただきたい。
が、何とか最後までお付き合い願いたいと思っている。
さて、ここから若干ハイエクから話題を移して、と言いながら、ハイエク哲学にきわめて強い影響を与えている、18世紀のスコットランド学派という道徳哲学派の中の偉大な哲学者の一人であるデヴィット・ヒューム〔以下、ヒューム〕の道徳論に簡単に触れておきたいと思う。
ここからは、ヒュームの『人性論』からの部分引用に、私〔=ブログ作成者〕が解説を加えることによって道徳について考察するのであるが、実は、ヒュームの『人性論』を彼の言わんとする趣旨を曲げずに、正確に読解するのは、少々難解であるので、私の解説能力でヒュームの趣旨を読者の皆さんに、うまく解説できているかどうかやや不安がある(→ただし私自身はヒュームの『人性論』を完全に理解しているつもりであり、不安なのは、部分抜粋のみによって、いかにヒュームの趣旨をうまく解説できるかという問題である)。
「道徳に興味がない」という人は、読み飛ばしてもらっても結構である〔が、私のブログを継続して読んで頂いている、読者の皆さんのような数少ない貴重な“真正の日本国民”の中に「道徳に興味がない人」が果しているのであろうか、とも思うのだが・・・〕。
しかしながら、そのような解説の困難さを伴うと解りながらも、敢えて私が、ここでヒュームの道徳哲学を取り上げる理由は、二つある。
真正の保守主義者は必ず“道徳の使者”である、とエドマンド・バーク保守主義者である私〔=ブログ作成者〕は確信している。
また、それ故に、真正の保守主義者は「人間理性の完全性」を妄想する左翼思想を根本的に嫌悪するし、そのような妄想自体が「人間理性の限界を露呈している」とも確信している。
左翼思想家は、その「理性主義」に基づいて、「道徳の源泉は理性にある」とか「道徳は理性に起因する」などと誤った断言をする。
しかしながら、理性はある対象の「真偽」を判断する知性であり、道徳はある対象の“善悪・正邪”を“自然に直感”する情念であり、「真偽」と“善悪・正邪”とは関係ないわけではないが、決して同一ではない。
このことは、難しく考えなくとも、最も理性的(合理的)な知性を持つ数学者や物理学者などが、常に、最も道徳的な情念をもつ人間であるかどうかを考えれば、すぐに結論できるであろう。
ヒュームは、『人性論』において、「道徳と理性の関係」を哲学的に解明しているし、少なくともヒュームの結論は人間の現実の姿に合致していると見て良い。
ゆえに、ヒュームの「理性と道徳の関係の考察」を紹介するのが、第一の理由である。
次に、上記のハイエクの引用部とその部分に関する私〔=ブログ作成者〕の解説において「社会的正義なる不正義」および“真の正義”について触れたが、真正の保守主義を知りたい、日本人として「善き生」を生きたいと考える真正の日本国民であるならば、「“真の正義”の概念とは、いかなるものか」を知りたいと感じることは極めて自然であると私は考える。
そして、ヒュームは、“真の正義”についても極めて興味深い考察をしておりその結論は極めて愉快かつ極めて重要であるため、それを紹介するのが第二の目的である。
次回よりヒューム哲学をできるだけ簡潔に説明した後、再びハイエクら、世界の保守主義者の哲学の解説に戻ることとする。
最後に、何度も繰り返すが、真正の日本国民は、参議院選挙では極左の民主党には一票たりとも投票してはならない。
今回の参議院選挙は、どの政党を勝たせるかの選挙ではなく、必ず民主党を負けさせるための選挙である。
もし、民主党を勝たせるようなことがあれば、必ず民主党は多数者の暴政をおこない、日本国を亡国に導くであろう。
外国人参政権法案(=日本国民の存在意義の消失)、夫婦(親子)別姓法案(=教条的なマルクス主義の家族解体法案)、人権擁護法案(=人権を行政が擁護するという名目の国家による国民の権利への監視・干渉・自由権の侵害法案であり、このような人権に対する調停権限は、司法権にしかなく、行政権にはない。行政に設置される人権委員会なるものは、極めて危険である)等々の法案を好き勝手に立法し可決していくであろう。
国民が後になって後悔しないよう、選挙で先手を打って、予想される危険を排除しておける制度、それがハイエクの言う、「デモクラシーの唯一最大の利点」であろう。
【2010/06/26 ブログ掲載】
保守主義の哲学---保守主義(哲学)の神髄---7/11参議院選挙投票日までに必読の政治哲学(6)へ続く




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