保守主義の哲学---(最終回)小林よしのり氏の漫画『新天皇論』を検証してみよう [政治]
読者の皆さまには、いつも私〔=ブログ作成者〕の稚拙な小論をお読み頂き、深く御礼申し上げます。
いよいよ本日、中川八洋 筑波大学名誉教授の新刊(『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』、オークラ出版)が出版されます。
中川八洋 筑波大学名誉教授は、英国のエドマンド・バークの保守(自由)主義哲学を正統に継承されている現代日本国における碩学中の碩学の政治哲学者です。
私〔=ブログ作成者〕は、ぜひ多くの日本国民に中川八洋 先生の新刊書(『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』、オークラ出版)他多数の著作を読んで頂き、「真正の保守(自由)主義とは何か」を知り、学んで頂きたいと思っております。
さて、逆賊・小林よしのりの漫画『新天皇論』の虚構を検証するシリーズ最終回は、前回第九回の続きとして、これまでに私〔=ブログ作成者〕が触れなかった、漫画『新天皇論』の妄言・暴言を幾つか抜粋して、その虚偽・虚構を指摘し、封印・封殺して本シリーズを終了したいと思う。
ゆえに、(10最終回)「天皇制廃止論者の虚偽・虚構の言説の集積箱、それが逆賊・小林よしのり『新天皇論』の本質である(其の二)」と題して、解説したいと思う。
シリーズ第九回 「①日本国の伝統“君臣分定”を弁えぬ逆賊 小林よしのり」からの続きである。
②「姓」のない天皇(皇室)の皇統は日本国の国是であり、「支那文明」とは全く異質の国体である。
逆賊・小林よしのりは、漫画『新天皇論』で次のように嘯いている。
『この「シナ文明・換骨奪胎説」は、わしも以前から繰り返してきた。
だからこそ、わしは女系天皇を公認する!
なぜなら、「男系絶対主義」とはシナ文明の家族制度そのものであり、日本の文明でも伝統でもないからだ!』(『新天皇論』226頁)
『皇室も特定の父親〔神武天皇〕の血統による親族集団である。
そして男子の跡継ぎがいない場合は、同じ宗族内の他の家(宮家)の男子を迎える。
女系継承は認めない。
似ているのは当然で、古代日本の豪族・貴族層が一夫多妻制によってシナ文明の男系主義の家族制度を輸入し、それが皇室にのみ、側室制度という一夫多妻制と共に残ったというのが天皇が「男系継承」である理由なのだ。
「天皇の男系継承は、美しい日本の伝統・文化である」
「男系天皇こそが日本の国体だ」とまで言う人がいるが、これはシナの風習である。
・・・本物の「男系絶対主義」では、たとえ男系女子だろうと、中継ぎだろうと、女帝は「ニセ天皇」でしかない!
女帝が入った時点で、皇統は断絶したことになるのだ!』(『新天皇論』228~230頁)
→私〔=ブログ作成者〕の解説:
ここまで馬鹿げた論理を展開されると批判するのも「うんざり」だが、妄論・暴論は消し去っておく必要がある。
(ⅰ) 日本国では天地開闢以来「君臣の分」定まり、「君」たる皇統には「姓」はない。
万世一系、男系男子の皇統は「姓」がないという事実において「シナ文明の家族制度」とは明確な一線が引かれ、シナの風習ではない。
「臣」の側において、シナの家族制度の影響を全く受けなかったとまでは言い切れないが、文明間に国交があれば文明間で相互に影響を及ぼし合うのは常識である。
重要なのは、シナと国交が在りながら、日本国の「君」である皇統は、「姓」を持たないことによってシナの宗族制度の影響を完全に排除し、“君臣の分”を常に明確にしてきたことである。
「姓」を持たずに万世一系、男系男子皇統を護持・継承してきた日本国の朝廷と、「姓」を持つシナの宗族制度によって幾度も「易姓革命」が繰り返されてきた「分断の連続のシナ王朝(最近では「支那共産党という新独裁王朝」)と比較すれば、文明の相違は明白ではないか。
北畠親房『神皇正統記』に曰く、
「三韓(さんかん:新羅、百濟、高麗)震旦(しんだん:支那)に通じてより以來(このかた)、異國の人おほく此國に歸化(きくわ)して、秦のすゑ(=末裔)、漢のすゑ、高麗百濟(かうらいはくさい)の種、それならぬ蕃人(はんじん)の子孫(しそん)もきたりて、神皇(じんわう)の御(み)すゑと混亂(こんらん)せしによりて姓氏錄(しやうしろく)と云(いふ)文(ふみ)をつくられき。
それも人民(にんみん:臣)にとりてのことなるべし」(『神皇正統記』岩波書店、62頁)
(ⅱ) 皇祖皇宗の遺訓、天皇の万世一系、男系男子皇統は、日本国天地開闢以来の日本の国是(伝統)である。
逆賊・小林よしのりは、
『「天皇の男系継承は、美しい日本の伝統・文化である」、「男系天皇こそが日本の国体だ」とまで言う人がいる』
とまで述べている。
賤しい逆賊の戯言である。
逆賊・小林よしのりの「言う人」には当然、シリーズ第九回で私〔=ブログ作成者〕が述べた、皇祖皇宗、『古事記』、『日本書紀』、『令義解』、『續日本紀』『神皇正統記』、幕末の山鹿素行、山崎闇齋の崎門の学の門人と水戸の藤田東湖や越前の橋本景岳ら、松下村塾(=長門の國、松下邑の塾)の吉田松陰とその門人、薩摩の西郷南洲、幕府有司の川路聖謨、朝廷縉臣の英明第一と言われた三條實萬、明治の元勲や井上毅・・・などの日本国の碩学中の碩学の祖先らも含まれている。
逆賊・小林よしのりは、これらの人物が異口同音に唱え継承してきた『天皇の万世一系、男系男子皇統論』がすべて誤謬であったと論駁せねばならない。
また、逆賊・小林よしのりは漫画『新天皇論』の前置きである、漫画『天皇論』375頁において次のよう嘯いている。
『・・・元々、天照大神は女性神である。ならば日本の天皇は女系だったと考えることができる(→?)』
さらに『新天皇論』321~322頁では、次のように続ける。
『正統とは、血統は天照大神の血脈を受け、精神は天照大神の神意をうけたことを言うのだ!
田中卓先生も、重要なのは『天常無窮の神勅』であり、「吾が子孫」が国体の根本だと仰っている。
女神である天照大神の血脈と神意を受けることが「正統」である以上、皇統から女系を排除する理由はない(→?)』
逆賊・小林よしのりは、女神である天照大神の血脈と神意を女系天皇論の根拠に据え、あたかも天照大神を尊重・崇拝している芝居をする。
だが、「逆賊・小林よしのり、何をかいわんや」である。
逆賊・小林よしのりこそ、漫画『新天皇論』に描いた虚偽・虚構によって多くの日本国民を欺く行為をすることによって、天照大神の“三種の神器につきたる神勅(=正直・慈悲・智慧)”のすべてを完全無視して、天照大神を最大限に冒瀆しているではないか!
つまり、逆賊・小林よしのりとは、天照大神に対する畏怖の念も天皇(皇室)に対する畏敬の念も日本国の祖先に対する尊崇の念のかけらも抱いておらず、無神論者よろしく天照大神を「女系天皇論・女性天皇論」肯定のために悪用し、最終的に両者とも(→天神〈神道〉も皇統も両者同時に)破壊することを目的としている。
このように分析すれば、「天照大神が女性神であるから、日本の天皇は女系だった」のような言説を根拠とする「女系天皇・女性天皇」容認論とは、日本共産党の「コミンテルン32年テーゼ」の「天皇制の廃止」と「政教分離を利用した神道の撲滅」を忠実に踏襲した天皇制廃止運動の手段に過ぎないという本質が明白になる。
また、天照大神の「血脈」などは、ハイエクの言う「神人同性同形論」という「デカルト的設計主義的合理主義」の思想から発している。
『古事記』の「上巻」や『日本書紀』の「神代」における日本神話の神々と日本国の天皇(皇室)及び日本国民とは日本神話における“美徳の精神”・“高貴なる精神”において繋がっているのであって、物質的に直接の繋がりを持つことを意味しない。
“日本神話”とは、日本国固有の天皇(皇室)と日本国民の“美徳と高貴の精神”の“源泉”である。
“天地開闢の初め以来の万世一系、男系男子皇統”とは、日本神話を源泉とする“美徳と高貴の精神”を(現実の)日本国の治世において最初に体現されたのが初代神武天皇であり、神武天皇以後、約二千数百年間を経て現在に至るすべての日本国民が、美徳と高貴による治世を体現されんとする男系男子皇統を途絶えることなく護持し続けてきた歴史事実を言うのであって、このような日本神話(→後に神仏習合して仏法も加わるのだが)と皇統と日本国民の三位一体の不変の存在価値の伝統が、日本国の誇るべき“国体・国憲・国法”なのである。
ゆえに、この三位一体の“国体・国憲・国法”を変革・革新・革命する時、我々日本国民の民族固有の存在意義は白紙となり、国民精神は頽廃し、国民は名誉と誇りを喪失した根無し草の市民に為り、国家は廃墟と化して滅亡に至る。
③「易姓革命」とは「ルソー主義・ジャコバンのフランス暴力革命」、「マルクス・レーニン主義のロシア暴力革命」の代替手段としての「国体破壊革命」にすぎない。
逆賊・小林よしのりは、漫画『新天皇論』で次のように嘯いている。
『第二にこれが重要だが、日本では「姓」は天皇が下賜するものとされ、天皇には氏も姓もない!
・・・もともと天皇に「姓」はないのだから、「易姓革命」など起こらない。
まして(明治)4年以降はすべての日本人から「姓」がなくなったのだから、なおのことである。
・・・それでも今なおシナ文明の残滓でしかない「男系継承」にこだわり、とっくに日本人に「姓」はなくなっているのに、「姓」と「苗字」を混同してまで「易姓革命が起きるぞ!」と言っている連中の精神は「シナ文明の奴隷」みたいなものだ!』(『新天皇論』239~240頁)
→私〔=ブログ作成者〕の解説:
逆賊・小林よしのりは漫画『新天皇論』(233~240頁)において延々と「姓」、「氏」、「苗字」の相違について語っているが、日本国の皇統には「姓」も「氏」も「苗字」もないことが伝統であるから、そもそもこれらの用語の定義の説明など無用の長物であり、意味を為さない。
問題なのは、『天皇に「姓」はないのだから、「易姓革命」など起こらない』という天皇制廃止論者の詭弁である。
私〔=ブログ作成者〕は、以前に数学史上「ゼロ(0)」の概念の発見が極めて重要な発見であったことに触れた(→本シリーズ第3回参照)けれども、この易姓革命の場合はゼロ(0)を壱(1)に変える(→「無」から「有」)場合の方が壱(1)を弐(2)に変える(→「有」から「有」)場合よりもその変化の意味が重大となるケースである。
つまり日本国の皇統においては「易姓革命」という用語に「姓Gの王朝が姓Sの王朝に取って代わる」という意味だけでなく、「姓無しの正統な皇統に、いかがわしい姓Kが附与される」という意味も含まれる、ということに十分に注意しなければならない。
天皇制廃止論者の唱える「女系天皇・女性天皇」容認論とは、この「易姓革命」に照準を絞った日本国の天皇(皇室)の消滅論(=国体の破壊論)にすぎないのである。
さて、エドマンド・バークを信奉する保守主義者である私〔=ブログ作成者〕は、「小林よしのり氏の漫画『新天皇論』を検証してみよう」シリーズ全10回に渡って、逆賊・小林よしのりが、天皇制破壊論者である左翼・極左系・偽装保守系の天皇(皇室)学の似非学者・自称専門家・門外漢の論説を集積して漫画として描いたにすぎない『新天皇論』の妄言・暴論による虚偽・虚構に正面から対峙し、浅学の微力ではありながらも、日本国の万世一系、男系男子皇統の正統と、現代日本国民も過去の祖先がそうしたように、皇統の正統を世襲・継承せねばならぬ義務について、読者の皆さまを含む多くの日本国民に理解して頂くために、図表や古典や明治皇室典範などを引用しながら、私〔=ブログ作成者〕なりに可能な限り解り易く解説するように心掛けて、『新天皇論』への反論・反駁を試みたつもりである。
私〔=ブログ作成者〕としては、逆賊・小林よしのりの漫画『新天皇論』の言説ついて反駁したい点はまだまだ山ほどある。
特に、臣籍降下された当時の当主を含む旧宮家の嫡男系嫡出の男子子孫の皇籍復帰と皇位継承権の回復のための「現行・皇室典範」の早期改正(=旧典範への復元)問題と“皇族會議”ならぬ「皇室会議」の在り方及び皇室典範改正(=旧典範への復元)に係る有識者会議という(自称)専門家委員会の在り方の問題については、本来、触れたかったが、時間と紙幅の都合上割愛せざるを得なかった。
しかしながら、20・21世紀日本国におけるエドマンド・バークの再来と言っても全く過言ではない、碩学の中の碩学の政治哲学者である中川八洋 筑波大学名誉教授の著書『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』が、いよいよ本日平成23年6月30日(木)に発売開始されるから、徹底的な学術的論駁は、中川八洋先生のこの著書に期待することとし、この「小林よしのり氏の漫画『新天皇論』を検証してみよう」シリーズ全十回は、今回をもって終了とさせて頂きたいと思う。
なお、最後になりましたが、
「小林よしのり氏の漫画『新天皇論』を検証してみよう」シリーズ最終回にあたり、シリーズ連載中を通じて私〔=ブログ作成者〕のブログの読者の皆さまと多くの初来訪者の皆さまが、拙ブログに興味を示してアクセス頂き、毎回お決まりの纏まりのない長文であるにも関わらず、我慢強く、寛大な心で拙ブログを読み続けてくださったことが、私〔=ブログ作成者〕がこのシリーズ全10回を書き続けることができた大きな原動力となりました。
また、私〔=ブログ作成者〕のブログを応援して下さる真正保守(自由)主義グループの盟友たち、私〔=ブログ作成者〕の稚拙なブログに対し丁寧かつ貴重な智慧のコメントを御教示くださった方々の支えなくしてこのブログシリーズ全十回を書き終えることは出来なかったと思っております。
上記のすべての方々に対し、深く感謝の意を表しますとともに、心より厚く御礼申し上げまして、私〔=ブログ作成者〕のブログ「小林よしのり氏の漫画『新天皇論』を検証してみよう」シリーズ全10回を終了させて頂きます。
読者の皆さま、御清聴ありがとうございました。
なお、次回からは、ブログ内容を現在の政治問題に戻して、反日・極左(詐欺師)菅直人民主党政権批判と真正保守(自由)主義哲学の解説に努めて参る所存ですので、読者の皆様におかれましては、今後も本ブログと末永くお付き合い下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。
【平成23年6月30日AM2:00】
祝・中川八洋『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』発売
エドマンド・バーク保守主義者(神戸発)
保守主義の哲学---(第九回)小林よしのり氏の漫画『新天皇論』を検証してみよう [政治]
読者の皆さまには、いつも私〔=ブログ作成者〕の稚拙な小論をお読み頂き、深く御礼申し上げます。
中川八洋 筑波大学名誉教授の新刊(『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』、オークラ出版)が平成23年6月30日に刊行されます。
中川八洋 筑波大学名誉教授は、英国のエドマンド・バークの保守(自由)主義哲学を正統に継承されている現代日本国における碩学中の碩学の政治哲学者です。
私〔=ブログ作成者〕は、ぜひ多くの日本国民に中川八洋 先生の新刊書(『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』、オークラ出版)他多数の著作を読んで頂き、「真正の保守(自由)主義とは何か」を知り、学んで頂きたいと思っております。
さて、小林よしのり氏の漫画『新天皇論』の虚構を検証するシリーズ九回目は、これまでに私〔=ブログ作成者〕が触れなかった、漫画『新天皇論』の妄言・暴言を抜粋して、その虚偽・虚構を指摘し、封印・封殺しておきたいと思う。
ゆえに、(9)「天皇制廃止論者の虚偽・虚構の言説の集積箱、それが逆賊・小林よしのり『新天皇論』の本質である」
と題して、解説したいと思う。
① 日本国の伝統“君臣分定”を弁えぬ逆賊・小林よしのり
小林よしのりは、漫画『新天皇論』で次のように嘯いている。
『600年隔絶した人物の「男系」に頼ろうという案は、君と臣がしっかり分けられ、君と臣の信頼で成り立つ「国体」を破壊するものである。
万世一系は万世男系ではない!
皇位は直系で継ぐことを原則としなければならない』(『新天皇論』190頁)
→私〔=ブログ作成者〕の解説:
旧宮家の男系男子の方々は、すべて万世一系、男系男子の皇統(血統)を正しく世襲・継承されており、「600年隔絶」などしていない(→本シリーズ第五回参照)。
皇位継承における「直系and双系」主義、旧宮家に関する「600年も離れた、遠い血筋」、「バイパス手術」などという発想自体が意味不明の妄論・暴論である(→本シリーズ第五回~第八回参照)。
ただし、旧宮家の方々は、1947年10月14日に臣籍降下されており、現時点では皇位継承権はない。
ゆえに、臣籍降下時の「旧宮家の当主を含む嫡男系嫡出の男子子孫のすべて」に皇籍復帰して頂き、皇位を継承されるとすれば、即位された男系男子天皇は“万世一系、男系男子の皇統”と“正統な皇位継承権の保持”において、全く“正統”である。
ゆえに、日本国の天地開闢以来の万世一系、男系男子の皇統を世襲する天皇(皇室)
(→これは、日本国の国体であり、日本国民・日本民族の存在意義である)
を悠久に護持するためには、1947年10月14日に臣籍降下された時点での旧宮家(皇族)の当主を含む嫡男系嫡出の男子子孫すべてに皇籍復帰し、皇位継承権を回復する義務を果たして頂くしか方法はない。
北畠親房が『神皇正統記』で述べているとおり、天皇(皇室)、旧宮家、我々日本国民は「日本国に生を受けた」以上、“『正統』を遵守(保守)する義務”しか持たない(→本シリーズ第八回参照)。
“義務”は「権利」ではないから、選択する余地など無い。
これが“君臣分定”の真義である。
つまり、小林よしのりの以下の言説は究極の妄論・暴論である。
『小泉政権下で設置された「皇室典範に関する有識者会議」が平成17年に提出した報告書は、女系天皇容認、長子優先を結論として、「旧宮家」系の一般国民を皇族にする案は否定した。
これに対し「チャンネル桜」の討論で、慶応義塾大学教授・笠原英彦氏が貴重な発言をした。
政府関係者によると、旧皇族の男系男子の子孫の方に調査を行なった結果、保護者、ないしは本人から(皇族に)戻るという意思表示はなかった。
それを前提にして女系容認論をとらざるを得なかったという』(『新天皇論』154頁)
この妄言・暴論から結論できることは次の通り。
“『正統』を遵守(保守)する義務”が理解できず、狂人J・J・ルソーの「人民主権(国民主権)論」を振り回して、「『正統』の在り方を決定・変革できる」という途方もない「傲慢な勘違い」をしている「皇室典範に関する有識者会議」のメンバー及び笠原英彦、小林よしのりらは“君臣分定”を全く弁えぬ日本国の逆賊であり、国体の破壊者(=日本国民・日本民族の存在意義の破壊者)である。
国体の破壊者である逆賊らの「絶対意思」を命令した『報告書』(2005年11月)の内容は、“日本国法の支配”において、そのすべてが「一切無効」である。
皇室典範に関する有識者会議(=日本史上最大・最悪の天皇制廃止革命会議)のメンバーと参考人等については、私〔=ブログ作成者〕の過去のブログ「ホイッグ主義の蘇生による社会主義の撃退が日本救国の道である(15)
→ 専門家委員会への委任による“無法”な計画決定の危険性」を参照されたい。
この有識者会議が天皇制廃止革命会議であったことは、有識者会議の座長及び座長代理の二名の言説においても明白である。
【 有識者会議座長逆賊・吉川弘之】
「そこで、憲法に戻り、可能な道を探った。
憲法には女性天皇、女系天皇という道が用意されており、世襲継承という基本的な伝統にも合致し、かつ多くの国民の賛同を得られると判断した」
○ 引用著書:中川八洋『女性天皇は皇室廃絶』、徳間書店、45頁
● 言説の出典:『朝日新聞』2005年11月25日付、2面
「伝統とは、必ずしも不変のものではなく、各時代において選択〔=伝統の破壊〕されたものが伝統としてのこり、またそのような選択〔=破壊〕の積み重ねにより新たな伝統〔=皇統消滅〕が生まれる」
○ 引用著書:中川八洋『女性天皇は皇室廃絶』、徳間書店、70~71頁、〔 〕は中川八洋氏
● 言説の出典:有識者会議『報告書』、3頁(→有識者会議『報告書』の内容はすべて座長である吉川弘之の責任である)
「我々の世代が歴史をつくるという立場で検討したい」
○ 引用著書:中川八洋『女性天皇は皇室廃絶』、徳間書店、76頁
●言説の出典:『朝日新聞』2005年2月19日付
「皇族から意見を聞くことは憲法に反する」
「皇族から意見が発信されても会議の議論に反映することはない」
○ 引用著書:中川八洋『女性天皇は皇室廃絶』、徳間書店、77頁
● 言説の出典:『産経新聞』2005年10月6日付
【有識者会議座長代理 逆賊・園部逸夫(最高裁判所裁判官→外国人参政権に関する出鱈目判決の当事者)】
「私は女性天皇を認めることがもっともふさわしく、また必要なことと考えます」
「男系でないということをもって、それが象徴天皇制度にふさわしくないとか象徴天皇という地位に反するというようなことはないと考えております」
○ 引用著書:中川八洋『女性天皇は皇室廃絶』、徳間書店、79頁
● 言説の出典:2004年5月26日、参議院憲法調査会議事録、国会議事録検索システム3
「皇位の継承につき歴史・伝統を尊重する立場に立った場合、憲法第二条の世襲が女系による継承を含むか否かについて、・・・結論を言えば、女系を含むと解する」
○ 引用著書:中川八洋『女性天皇は皇室廃絶』、徳間書店、117~118頁
● 言説の出典:園部逸夫『皇室法概論』、第一法規、41頁(→この『皇室法概論』の出鱈目と内容の程度の低さは、中川八洋『悠仁天皇と皇室典範』、清流出版に詳細に解説してあるので参照されたい)
なお、“君臣分定”の真義である“『正統』を遵守(保守)する義務”とは、
皇祖皇宗の遺訓であり、『古事記』、『日本書紀』、『令義解』、『續日本紀』、『神皇正統記』、
幕末の山鹿素行、山崎闇齋の崎門の学の門人と水戸の藤田東湖や越前の橋本景岳ら、松下村塾(=長門の國、松下邑の塾)の吉田松陰とその門人、
薩摩の西郷南洲、幕府有司の川路聖謨、朝廷縉臣の英明第一と言われた三條實萬、明治の元勲や井上毅・・・、・・・など、あらゆる時代のすべての日本国民の代弁者らが、異口同音に唱え、遵守してきた歴史事実であり、日本国の“法”・“伝統”である。
このような国家の根本法であり国民の存在意義である国体(国憲・国法)、伝統とは、大東亜戦争終戦後わずか70年足らずの期間に存在した現代日本国民の「主権」概念によって変更・変革できるものではない。
そもそも、F・A・ハイエクが言うように“立憲主義の自由主義国家”における“法の支配”下においては、対外的な国家主権を除いて、内政上、天皇主権であれ、国民主権であれ「主権」など存在し得ない。
なぜなら、ハイエクが言うように、あらゆる権力が、“国法”=“憲法”の制限を超えることを許さない主義が“立憲主義”及び“法の支配”の本義だからである。
ゆえに本来、日本国は“立憲主義
(→憲法第97条:この憲法が日本国民に保障する権利・・・、第98条:この憲法は国の最高法規であって、その条規に反する・・・効力を有しない、と明記)”
であるから、日本国憲法の前文と第1条の条文の「主権」なる用語は立憲主義と矛盾する(→憲法が盾、主権が矛)のであるが、戦後教育を受けた日本国民が
日本国憲法 第一条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく
の「国民主権」に固執するのであれば、その場合は「主権」は上記の“祖先たる日本国民のすべて”に附与されねばならないし、将来誕生する、もしくは将来成人になるだろう子孫らの「主権」も慎重に考慮されねばならない。
そう考えれば、万世一系、男系男子皇統の伝統は、圧倒的多数の日本国民の遵守義務の総意において護持されねばならないという結論に必ず帰着する。
ちなみに、大日本国憲法(→以後「明治憲法」と表記する)の条文に「主権」なる用語は一切存在しない。
明治憲法の絛規のどこにも「主権」なる用語が存在しないがゆえに、美濃部達吉(=常識的な立憲主義)の“天皇機関説”と上杉真吉(=偽装右翼のルソー狂信者)の「天皇主権説」の『天皇機関説論争』が生じ、後に『天皇機関説事件』が発生したのである。
「天皇主権」なる概念(=解釈)は明治憲法の中には匂いすらないのが事実である。
それどころか、明治憲法下の天皇が“立憲君主”であるべく、絛規において何重にも制限を加えているというのが事実である。
第四絛 天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ絛規ニヨリ之ヲ行フ(=立憲主義、立憲君主制)
第五絛 天皇ハ帝國議會ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
第六絛 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス(→第六絛の規定も当然第四絛、第五絛の規定の拘束を受け、天皇は独裁などできない)
第九絛 天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ臣民ノ幸福ヲ增進スル為ニ必要ナル命令ヲ發セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス
(→現在の日本国における中央省庁の省令・規則+天皇の勅令などであるが、法律の枠内に拘束される)
第十一絛から第十七絛までの天皇大権もすべて憲法の絛規の拘束を受ける。
第五十五絛 國務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ズ
凡テ法律勅令其ノ他ノ國務ニ關スル詔勅ハ國務大臣ノ副署ヲ要ス
第七十四絛 皇室典範ノ改正ハ帝國議會ノ議ヲ經ルヲ要セス
皇室典範ヲ以テ此ノ憲法ノ絛規ヲ變更スルコトヲ得ズ
(→明治憲法と明治皇室典範は二元的同格、消極的二元主義と言い、互いに相手を改正できない)
第七十五絛 憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ變更スルコトヲ得ス
第七十六絛 法律規則命令又ハ何等ノ名偁ヲ用ヰタルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ總テ遵由ノ効力ヲ発ス
さて、今回の「小林よしのり氏の漫画『新天皇論』を検証してみよう」シリーズ第九回はここまでとさせて頂きたいと思う。
今回のシリーズ第九回をシリーズ最終回にしようと考えていたが、第九回というのはどうも区切りが悪いので、次回シリーズ第十回において、
○ 今回の「小林よしのり氏の漫画『新天皇論』を検証してみよう」シリーズをブログ掲載した私〔=ブログ作成者〕の動機や実際に掲載して感じたこと
○ 辛抱強くブログを読み続けて頂いた読者の皆様への心からの謝意
○ 浅学な私〔=ブログ作成者〕の無謀な挑戦を蔭ながら支えて下さった真正保守(自由)主義グループの盟友らへの謝意
を表したあとがき的な短文を掲載して本シリーズを締めくくり、完了したいと思っている。
※ 文中の誤記 園田逸夫→園部逸夫、松本邑の塾→松下邑(まつもとむら)の塾(=松下村塾)に訂正しました。(28日21:00過ぎ)
【平成23年6月28日掲載】
エドマンド・バーク保守主義者(神戸発)
Amazon.co.jp は「卑怯・左翼」呼ばわりされたくなければ説明責任をきちんと果たせ! [政治]
読者の皆様へ
通販会社アマゾンが、谷田川 惣 氏の6月新刊
『皇統は万世一系である―女系天皇論の嘘とごまかしを徹底検証』
を購入できない状態にしている。
6月の新刊であるにも関わらず、何も理由を示さずに、
ただ単に 「この本は現在お取り扱いできません。」 と標記するのみである。
電話で問い合わせようにもNTTなどに本社の電話登録もしていない。
これが大手通販企業の取る態度か?
噴飯ものであり、許されない行為である。
これでは、事実上、本書の出版検閲であり、アマゾンがこのまま説明責任を果たさずに、この著作を事実上の「廃刊扱い」で放置するならば、日本国憲法第19条、第21条、第23条違反で裁判所に提訴するので覚悟されたい。
このような卑怯極まりない態度は、御社の信用を急落させるであろうと強く警告しておく。
一言、言わせてもらうが「バーク保守主義者」をなめるなよ。
同様の案件は、以前にもある。
水間政憲氏 『朝日新聞が報道した 「日韓併合」の真実』のケースである。
書籍の販売店としてあるまじき行為であり、日本国民を愚弄した態度を数日内に是正しないならば、御社を徹底的にブログで糾弾し、法的措置で対抗するので覚悟すべきである。
読者の皆様は、このような許すまじき検閲行為をするアマゾンを糾弾し、今後このような憲法違反と解しかねない悪態を是正させるため、本ブログを拡散して頂くよう、お願い申し上げたい。
【平成23年6月25日】
エドマンド・バーク保守主義者(神戸発)
(速報)中川八洋 氏の新刊『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』がAmazonで予約を開始 [政治]
読者の皆様へ
これまで、本ブログで何度も紹介してきました、中川八洋 筑波大学名誉教授の新刊『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』がAmazonで予約を開始されました。
速報として、予約注文のアドレスを添付しておきますのでぜひ、ご購読ください。
【平成23年6月23日午前2:05掲載】
エドマンド・バークを信する保守主義者(神戸発)
保守主義の哲学---(第八回)小林よしのり氏の漫画『新天皇論』を検証してみよう [政治]
読者の皆さまには、いつも私〔=ブログ作成者〕の稚拙な小論をお読み頂き、深く御礼申し上げます。
中川八洋 筑波大学名誉教授の新刊(『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』、オークラ出版)が平成23年6月30日に刊行されます。
中川八洋 筑波大学名誉教授は、英国のエドマンド・バークの保守(自由)主義哲学を正統に継承されている現代日本国における碩学の中の碩学の政治哲学者です。
私〔=ブログ作成者〕は、ぜひ多くの日本国民に中川八洋 先生の新刊書(『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』、オークラ出版)他多数の著作を読んで頂き、「真正の保守(自由)主義とは何か」を知り、学んで頂きたいと思っております。
(参 照)→オークラ出版・近日発行情報
http://www.oakla.com/htm/news_book.html
さて、小林よしのり氏の漫画『新天皇論』の虚構を検証するシリーズ八回目は第七回目の続きである。
(8) 「北畠親房『神皇正統記』の暗号=法の解読の結論…すべての時代の日本国民は“『正統』を遵守する義務”を果たさねばならない…これが『神皇正統記』の本義である(『神皇正統記』最終章)」
と題して、全三回に及んだ『神皇正統記』の解説を終えたいと思う。
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神皇正統記に曰く、
「大(おほ)かた天皇(てんわう)の世(よ)つぎをしるせるふみ、昔(むかし)より今(いま)に至(いたる)まで家々(いへいへ)にあまた(=多く)あり。
かくしるし侍(はべる)もさらにめづらしからぬことなれど、神代(かみよ)より繼體(けいてい:皇位継承)正統(しやうとう)のたがはせ給はぬ(=間違いのない)一(ひと)はし(=一種姓・唯一の血統、26頁)を申さんがためなり。
我國(わがくに)は神國(かみのくに→本シリーズ第5回を参照のこと)なれば、天照太神(あまてらすおほみかみ)の御計(おほんはからい)にまかせられたるにや。
されど其中(そのなか)に御(おほん)あやまりあれば(→お間違いになる時もあるが、その場合は)、歴數(れきすう)も久(ひさし)からず。
又(また)つひには正路(しやうろ)にかへれど、一旦(いつたん)も(=ひとたび・・・の事態になれば、もとの状態に戻るのが困難の意)しづませ給(たまふ)(=地位・身分が下がる、没落する)ためし(=例)もあり。
これはみなみづからなさせ給(たまふ)御(おほん)とが(=罪、あやまち)なり。
十善(じふぜん)の戒力(かいりき)にて天子(てんし)とはなり給(たま)へども、代々(よよ)の御(おほん)行迹(かうせき)、善悪(ぜんあく)又(また)まちまちなり。
かかれば、本(もと)を本(もと)として正(しやう)にかへり、元(はじめ)をはじめとして邪(じや)をすてられんことぞ祖神(そじん)の御意(おほんこころ)にはかなはせ給(たまふ)べき。
・・・仲哀(ちうあい)應神(おうじん)の御後(おほんのち)に仁徳(にんとく)つたへ給(たま)へりし、武烈(ぶれつ)惡王(あくわう)にて日嗣(ひつぎ)たえましし(=仁徳天皇の血筋が絶えてしまった)時(とき)、應神(おうじん)五世(ごせい)の御(おほん)孫(まご)にて、繼體天皇(けいていてんわう)えらばれ立(たち)給(たまふ)。
これなむめづらしきためしに侍(はべ)る。
されど、二つをならべてあらそふ時(とき)にこそ傍正(ばうしやう:傍系と正系)の疑(うたがひ)もあれ。
群臣(ぐんしん)皇胤(くわういん)なきことをうれへて求(もとめ)出(いだし)奉(たてまつ)りしうへに、その御身(おほんみ)賢(けん)にして天命(てんめい)をうけ、人(ひと)の望(のぞみ)にかなひましましければ、とかくの疑(うたがひ)あるべからず(=どうして、その御身が傍系か正系かで、正統であるか否かなどを疑う余地があろうか)。
・・・天武(てんむ)の御(おほん)ながれ久(ひさしく)傳(つたへ)られしに、稱徳(しようとく)女帝(によてい)にて御(おほん)嗣(つぎ)もなし、又(また)政(まつりごと)もみだりがはしくきこえしかば、たしかなる御(おほん)譲(ゆづり)なくて絶(たへ)にき。
光仁(くわうにん:第49代 光仁天皇)又(また)かたはらよりえらばれて立(たち)給(たまふ)。
今(いま)の光孝(くわうこう:第58代 光孝天皇)又(また)昭宣公(せうせんかう:藤原基経のこと)のえらびにて立給(たちたまふ)といへども、仁明(じんみやう)の太子(たいし)文徳(もんとく)の御(おほん)ながれなりしかど、陽成(やうせい:第57代 陽成天皇)惡王(あくわう:)にしてしりぞけられ給(たまひし)に、仁明(じんみやう)第二の御子(みこ:光仁天皇のこと)にて、しかも賢才(けんさい)諸(しよ)親王(しんわう)にすぐれましましければ、うたがひなき天命(てんめい)とこそみえ侍(はべり)し。」(北畠親房『神皇正統記』、岩波書店、111~113頁)
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→私〔=ブログ作成者〕の解釈:
① 天皇(てんわう)の世(よ)つぎをしるせるふみ、昔(むかし)より今(いま)に至(いたる)まで家々(いへいへ)にあまた(=多く)あり。
かくしるし侍(はべる)もさらにめづらしからぬことなれど、神代(かみよ)より繼體(けいてい:皇位継承)正統(しやうとう)のたがはせ給はぬ(=間違いのない)一(ひと)はし(=一種姓・唯一の血統、『神皇正統記』26頁)を申さんがためなり。
② 本を本として正にかへり、元をはじめとして邪をすてられんことぞ祖神の御意にはかなはせ給べき。
→私〔=ブログ作成者〕は、この部分が北畠親房『神皇正統記』の『正統』の核心部分であると考えている。
北畠親房が『神皇正統記』全体を通じて述べている内容を総合的に解釈すれば、この一文は次のような意味になるであろう。
本(もと:真の皇位継承・世襲つまり血統の連続性の継承『神皇正統記』58頁→本シリーズ第六回を参照)を
本(もと:根本・根拠)として
正(しやう:正系)に
かへり(=変える/転じる/戻る→皇位の系統を代えて、『神皇正統記』58頁→本シリーズ第六回参照、かたはらより出給/かたはらよりえらばれて立給『神皇正統記』112頁)、
元(はじめ:天地開闢の初『神皇正統記』17頁、我朝の初/天地ひらけし初『神皇正統記』25頁→本シリーズ第五回参照、根元『神皇正統記』26頁、天照太神の神勅/三種の神器につきたる神勅『神皇正統記』38~39頁→本シリーズ第五回参照)を
はじめとして(=初心に帰って/今日の初めとして、「天地の始は今日の始とする理あり」『神皇正統記』66頁とある)
邪(じゃ:よこしまな心、黑心〈きたなこころ〉『神皇正統記』65頁)を
すてられんことぞ(=捨てる)
祖神(そじん)の御意(おほんこころ)にはかなはせ給(たまふ)べき(=『神皇正統記』71頁→本シリーズ第七回参照)。
すなわち、これらを纏めれば、
「現在の天皇の血統(=正系の皇統)が途絶えそうになった時には、『血統の連続性を根本(根拠)』として、近親の(→ちかき皇胤『神皇正統記』73頁、本シリーズ第七回参照)支系の皇統を皇位の正系に代えよ(=皇位を移して変えよ)。
そして、正系に転じた天皇の皇統は、『天地ひらけし初の神明の御誓/天照太神の神勅/三種の神器につきたる神勅』という『正理』を初心として、邪心を捨てて世を治めることこそが、祖神の御心にかなうことである。」
ということになる。
つまり、北畠親房『神皇正統記』とは、「正系(直系)」継承の場合と「傍系」継承の場合のどちらが皇位継承として「正統」であるのかを論じた書ではない。
換言すれば、『神皇正統記』とは、「正系(直系)」と「傍系」のどちらが皇位継承として『正統』であるかなどについて、我々子孫が判断する(決定する・選択する・変革/改革する)「権利」を持っているなどと論じているのではない。
実は全く逆であって「正系(直系)」あるいは「傍系」のいずれの皇位継承の方法によってでも、必ず「皇位」は「天地開闢の初・我朝の初・我國の天地ひらけし初」に既に定まっている『正統=唯一の皇統(=一種姓・日神の統・天祖神の種)』に世襲・継承せねばならないという 我々子孫の“『正統』を遵守する義務”を論じた書なのである。
さらに、『神皇正統記』は、正系(直系)であれ傍系であれ、即位した天皇は必ず『正統な道理(=正理)』
つまり、『天地ひらけし初の神明の御誓/天照太神の神勅/三種の神器につきたる神勅(=正直・慈悲・智慧)』の初心に立ち返り、それらの精神を根本に据えて、世を治めなければならないという「天皇(皇祖皇宗)の治世の義務」も論じているのである。
要するに、
すべての時代の日本国民は“『正統』を遵守する義務”を果たさなければならない…これが『神皇正統記』の本義であり、それは国体(国憲・国法)護持の保守主義の哲学そのものである。
このような観点で北畠親房『神皇正統記』を読むならば、
「女系天皇」や「女性(=男系女子)天皇」に対する「直系主義」を唱える、極左系の天皇制廃止論者による天皇(皇室)に関する論文や著作、小林よしのりの漫画『新天皇論』や皇室典範有識者会議の「報告書」などは、
日本国の『正統』を“遵守する義務”を放棄して一顧だにしない態度(=国民主権の「主権」=「絶対権力・絶対権利」の傲慢)を基礎にして、論理を展開しているのであるから、その論理は入り口から既に皇位継承の『正統』の概念から真っ逆さまに転倒しているのであって、そのような言説が「虚言」・「妄言」・「歴史歪曲」に帰結するのは自明であろう。
さて、本ブログの「小林よしのり氏の漫画『新天皇論』を検証してみよう」シリーズは次回あるいは次々回の1、2回で終了させる予定である。
その後は中川八洋 筑波大学名誉教授の新刊(『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』、オークラ出版、平成23年6月30日刊行)のハイレベルの学術的論駁に期待したいと思う。
あくまで噂だが、中川八洋 筑波大学名誉教は、小林よしのり『新天皇論』の出鱈目にすぎる内容に大激怒されているとのこと。
ならば、新刊書にますます期待が膨らむではないか。
【平成23年6月23日掲載】
エドマンド・バーク保守主義者(神戸発)